ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

最終話

 女の子は一人でベッドに横たわっていた。うつぶせになり、一人シクシク泣きじゃくっていた。彼のことを思い、そして彼のために待ち続けたのに、結局彼とは結ばれない運命だったと知らされたからだ。それでも彼女は彼のことを恨みはしなかった。彼にとってそれが一番良かったのだと自分に言い聞かせる。枕は涙でびっしょり濡れていた。彼女の部屋の窓ガラスからわずかながら冷たい外気が入り込む、そんな寒いよるだった。
 さてどれほどの時間が過ぎただろう。ようやく自分を取り戻し、体を半身にして窓に目をやった。雪だ。最近では暖冬で、すっかり耳にしなくなった『ホワイトクリスマス』それが今、目の前にあるのだ。でも、彼女にとってそれは心を余計に寂しくさせた。雪を見ると彼のことを思い出すからだ。スキーが好きで、雪が好きでそれで夢を求めていった彼は今ここにはいない。寒い部屋もきっと彼が一緒にいれば、暖かくなったことだろう。彼女はベッドから降りて、窓際へと歩み寄った。曇ガラスに指をあて、彼の名前をなぞってみた。
「すぐる」
なぞった文字の上から次々と滴が流れる。やがてその名前は滴と一緒に消えてしまった。ため息を漏らす気力もない彼女は、ぼーっと窓を流れる滴を見つめている。と、彼女の目が生気を取り戻した。そしてその両手で、窓の曇を全てぬぐい去った。
いる。そこにいるのは彼だ。窓から見える電信柱のすぐ近くに彼が、頭と肩を真っ白に染めて立っている。寒そうにコートのポケットに手を突っ込み、うつむいたままでじっと立っている。彼女は、目を疑った。でもまぎれもなくそこにいるのは最愛の彼なのだ。
「秀流・・・。」
そうつぶやくと彼女は、そのままの格好で部屋を飛び出していった。引っかけたスニーカーが今にも脱げそうな位、彼女は走った。息も止まるほどに声を押し殺して走った。今、彼女はその階段の一つ一つを、これ程までに多く感じたことは無かった。

 彼は一人で黙って立っていた。きっと何度と無く彼女の部屋のベルを鳴らそうと思ったことだろう。でも、その勇気が彼には湧いてこなかった。こうしてうつむいて彼女のマンションの前に立っていることが精いっぱいだった。彼は、ふと背後に人の雰囲気を感じた。肩をすくめながら後ろを振り向いた。
「・・・・」
そこにいたのは麻衣子だった。息を切らせて、ジーンズにトレーナーの普段着のままで立っている。そうして見つめている間も雪は二人の頭に、肩にしんしんと積もっていく。
「秀流・・・」
たどたどしく、彼の名を呼ぶ。
「マイちゃん・・・。」
秀流は目を落とした。
「あかんわな・・・。 許してもらわれへんわな・・・。」
そういうと視線を落としたまま、麻衣子に背を向けゆっくりと歩き始めた。
麻衣子はその後ろ姿をじっとみつめるしかなかった。
「・・・・・」
ゆっくりではあるが確実に小さくなっていく秀流の後ろ姿。もう逢えないかもしれない。そう思いながらもなぜか声が出ない。麻衣子の視線に入る秀流の肩はどんどん白く染まっていく。

 Brurururururur・・・・
麻衣子のジーンズのポケットにささっている携帯のバイブがなった。麻衣子は秀流に視線を向けたまま携帯を取り出した。そこには見たこともない番号が表示されている。
「もしもし・・・」

 麻衣子と秀流、盛岡の雪の中で二人に取って最後の時間が過ぎていく。街灯の下で秀流の暗く下がった肩が寂しく麻衣子から離れていく。その光景には路上に止まった一台のタクシーが写っていた。そしてそのタクシーの中に一人のスレンダーな女性が乗っていた。彼女は自分の携帯電話を取り出し電話をかけた。
rurururururu

「もしもし」・・・・
「はじめまして、私岩崎って言います」・・・・
「すぐる君のファンなの」・・・・
「待って!」・・・
「勘違いしないでね。私たちそういう関係じゃないから」・・・・
「んんん、適当に彼の部屋に行って掃除や料理をしてあげてただけ」・・・・
「そりゃ、何度もそういう関係になるかな? なんて期待したけど、彼、駄目なのよ。 かたくなにデモになるまでは、なんて言っちゃってね。」・・・・
「でもこの間の夜、あなたが彼のアパートに来たとき、はっきりわかったの、すぐる君はあなたとの約束を果たそうとしているってことがね。」・・・・
「彼を信じてあげて。」・・・・・
「ほら、彼行っちゃうわよ。 彼にはあなたが必要なの。 彼はあなたを愛しているのよ。」

秀流の姿が麻衣子の視線から消えそうになった時、麻衣子は携帯電話をポケットにしまった。
「秀流!!」
その声がしんしん降る雪の中を秀流めがけて飛んでいった。
「・・・・」
秀流の足が止まった。次の瞬間、麻衣子は秀流に向かって走り始めていたくいっ くいっと雪を踏みつぶす足音が秀流にどんどん近づいてくる。秀流が振り返った。麻衣子が息を切らしてそこに立っていた。
「ま、麻衣ちゃん・・・。」
「秀流・・・」
麻衣子の口元にわずかな微笑みが現れた。秀流はまぶたを一度深く閉じて、そしてゆっくりと開き声を伝えた。
「あ・・の・・すみませんクリーニング屋さん。もう一回俺の気持ちを洗濯してくれますか?」
麻衣子の瞳にうるうると涙が湧いてくる。ことばを飲むようにして彼女が答えた。
「え、えーよ。その代わりすごい高くつくからね。」
 麻衣子はその言葉を伝えきる前に彼の胸に飛び込んでいた。そしてその途端大粒の涙がこぼれ落ちる。いつもいつも彼女はこの胸を待っていた。そして彼もきっとこの暖かさが恋しかった。
 二人のシルエットは雪の中、いつまでもいつまでも一つに重なっていた。 

 (完)

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