ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

第十八話

 季節は12月を迎えていた。街のあちこちでクリスマスソングが流れはじめた。昔はクリスマスソングと言えばジングルベルか、きよしこの夜程度のものしか街では聞けなかったが、最近ではいろんなアーチスト達がクリスマス商戦をねらって、それらしい曲を作る。だから街中でも、しゃれた雰囲気のメロディーが流れるようになった。盛岡の駅前通りも師走の賑わいを見せ始め、たくさんの荷物を両手に抱え、寒さの中、買い物に右往左往する人たちでごったがえしていた。
 麻衣子もその中に混じり年末の買い物に足を運んだ。といっても年末だからと言って特別に買わなければならないものがあるわけでなく、果たして何を買いに行くというのだろう。ネービーのダウンコートに身を包んだ彼女は、デパートの手芸品コーナーへと向かった。そう、彼女は秀流へのクリスマスプレゼントの材料がお目当てだったのだ。
「えっと、・・・あの、すみません。この毛糸をいただけますか。」
麻衣子は両手に大きな紙袋を抱え、盛岡の街を歩いた。以前よりもややスリムになった彼女の体のせいか、わずかに荷物が大きく見えた。

 麻衣子がマンションに戻ると郵便受けに一通の手紙が入っていた。白地にチェックのプリントが施された封筒。取り出して見てみると封筒の隅に小さく『秀流』と記してあるではないか。麻衣子は自分の目を疑った。あれ程までに返事をくれなかった秀流が、今こうして麻衣子の元へ再び手紙を送ってくれるなんて。麻衣子は嬉しさの余り声が詰まった。とにかく部屋に戻り手紙を読むことにした。
『マイちゃんへ』
確かに秀流の字だ。しかも自分のことをきちんとマイちゃんと呼んでくれている。嬉しい。
『 今までほんまに悪かったな。いつもいつも返事を書こうと思っててんけど、今一つ勇気がなくて今日まできてしもた。やっぱ、俺にとって技術選で負けたことはすごく大きなことやったんや。なかなか謙虚になれんし、なかなか素直になれんかった。でも今ようやく吹っ切れた感じがする。ようやく自分が何をせなあかんかがわかってきた。これからはもっともっと前向きに生きていくことに決めた。』
ここまで読んで麻衣子は嬉しくなった。やっと秀流が立ち直ってくれたのだ。今までずっと手紙を書き続けてきた、その真心が彼に伝わった。
『俺が、技術選で負けて立ち直れんかった時に、影で支えてくれた人がおる。それは鈴子さんという人や。優しくて明るくて、話してるだけで元気になるんや。何やマイちゃんと一緒にいるみたいな錯覚を起こすで。今度機会があったらその人を紹介するわな。きっとマイちゃんも良い友達になれると思うわ。』
麻衣子は唖然とした。今まで秀流にとって支えになっていたのは自分ではないと言うのか。あれだけ自分の真心を届けていたのが伝わっていなかったのか。そう思うと、涙が溢れてきた。
 麻衣子はもっていた手紙を机の上に置くと、ベッドに腰を下ろし寂しさとも悔しさとも言えない感情を押し殺した。涙を流すのだけは絶対やめようと、天井に顔を向けた。でもどうしても涙がこぼれそうになる。
『秀流・・・。』
心の中で何度もそう叫んだが、今の彼は彼女の心の中でさえ応えてくれなっかた。と、その時彼女の携帯が鳴った。
『Rurururu・・・・・。』
麻衣子はすばやくそばにあったタオルで涙を拭くと、受話器をとった。
「もしもし阿田です。」
やや声が詰まっている。それでも精いっぱい平静を装った。
「あ、もしもし麻衣子? お母さんやけど・・・。」
麻衣子の母親からだった。麻衣子はよりいっそう平静を保たねばならない。
「お母さん、どうしたん?」
「いや別に何でもないんやけどな。お正月はあんたどうするんかなと思ってな。」
母親の優しい声が受話器の向こうで聞こえる。すっかり疲れはてた麻衣子を迎え入れてくれる暖かい声だ。そのとたん麻衣子は鳴き崩れ、大粒の涙をこぼしてしまった。
「お・・母さん・・・。」
 (次回へつづく)

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