ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

第十四話

 技術選最終日の夜、八方では小雪が舞い始めた。
 秀流は小賀坂チームの面々とは席を分け、一人エコーランドのスナックに足を運んでいた。決して強いわけでもない酒をチビチビと飲みながら、この大会を振り返ってみた。予選での圧勝、関口との喧嘩、そして決戦での挫折感。
「水割りもう一杯。」
少なくなった琥珀色のグラスをカウンターに置くと秀流は更に酒をせびった。今の彼には酒に頼って時間を過ごすしか力が残っていなかった。大会が始まる前は、終わったら必ず電話しようと決めていた麻衣子の家にも、結局は電話できなかった。「ごめん、負けたよ」なんて言葉を麻衣子に言えるはずもなく、そのことばイコールまた来年も逢えないよ。という言葉を意味するからだ。そう思うと麻衣子の存在そのものが、めんどうにさえ感じられる。とにかく一人になりたくてしようがなかった。店に流れるBGMでさえ今の彼にはうるさすぎた。

「あまり飲みすぎると、平行感覚がダメになってスキーが出来なくなっちゃうわよ。」
誰かが秀流の横でささやいた。そちらに目をやると一人の女性が座っていた。
「お邪魔?」
歳の頃なら28,9。髪は肩までのばしたストレート。ジーンズにジャガードのセーターが、やや細身の体にフィットしている。どう見ても地元の女の子とは思えないあか抜けた雰囲気が漂う女性である。
「なんやねん、突然。」
ぶっきらぼうに秀流は答えた。
「さっきからずっと見てたんだけど、なんか辛そうだったから・・・・。私ダメなのよね、そういうのってとっても弱いのよ。」
「ええさかい、ほっといてんか。今は一人で飲みたいんや。」
「ほらほら、それ。それが私をなおさらここに座らせてしまうのよ。その技術選で負けましたって顔が、私の母性本能をくすぐるわけよ。」
「・・・・。」
「図星?」
「何でそんなことわかんねん!?」
「顔見たらわかるわよ。この時期になると必ずあなたみたいな人が、一人でお酒を飲んでる。悔しそうな目をしてね。」
「ふん、どうせ俺も同じや、負け犬って言いたいんやろ。」
秀流は、グラスの水割りを一気に飲み干した。熱い感覚が喉を走り、思わずむせてせき込んでしまった。
「ほーら、救いの女神の話をそんなふうに聞くからバチがあたったのよ。私はあなたを苦痛から助け出してあげようとしているのよ。」
そう言うと彼女は秀流の背中をさすり、さらに続けた。
「誰が女神やねん」
「私もね、学生の時基礎スキーをやってたから、技術選は毎年見に来るのよ。こう見えても岩岳では結構ならしたほうなんだから。・・・それで夜、暇だから街をぶらっと歩いてみると必ずあなたみたいな人がいて、どこかの酒場で酔いつぶれているわ。みんなだらしない目をしてさあ。本当に情けなくなっちゃうのよね。」
「ごめんねえ、情けなくて・・!」
いじけた目で秀流が言った。
「話は最後まで聞くものよ。毎年毎年そうやって技術選で負けた人の姿を見てるけど、結局はみんな自分がかわいいのよ。審判が悪いとかコーチが悪いとか、いったい誰のためのスキーなのかしらね。でもね、なんだかあなたは違うんだあ。そりゃ今は、だらしなく酒に頼ってどうしようもなくなっているわよ。」
秀流は彼女から視線をそらした。
「でもね、そのくすんだ目の中に、まだ、こうなんて言うのかな、明るい光がのこっているって、そんな気がするの。女の勘ってやつ?」
「あほか?ようそんなスポ根ドラマみたいな臭いセリフはくよなあ。余計疲れてしまうわ。もうあっち行って!あっち行って!」
「ドラマかあ・・・・。 良いこと言うわねえ」
そう言うと彼女は一つため息をもらした。
「でも、スキーだってなんだって男が一つのものに熱くなれるっていうのは、全部ドラマじゃないの?全日本デモの連中がきらきら輝いて見えるのは、ドラマの主役なりたくて全力でぶつかっているからじゃない。誰のためでもなく自分のために。」
秀流はそのことばを聞きながら、なぜか海野のことを思い出していた。彼はもう30を越えてるというのに、本当にきらきらしている。確かに今の海野と自分を比較されれば、おそらく自分の惨めな姿だけが残り、自分の最大の武器の若ささえも海野にはかなわないだろう。
「デモの連中が輝いているのは上手いからだけじゃないのよ。ドラマの主役を張ってるからよ。熱くなっているからよ。忘れちゃいけないわ、そのひたむきさを。」
「主役・・・・・。」
そう思ったとき秀流は言葉をもらしていた。
「きっとあなたは大物になるわ。超一流の主役。ハリウッド級かな? これも私の直感って奴ですか?なんか、こうきらきらしたものをあなたに感じるのよ。」
じっと見つめていたグラスから目を離し、彼女の方へ体を向けた。
「後光がさしてるやろ。」
「うん。まぶしいくらいにね。」
今日初めて秀流は笑えたような気がした。と同時に今まで心の中にくすぶっていた、変な葛藤も消え失せていた。
「なかなかおもろいこと言うやんか。俺、岩木すぐる。優秀の秀に流れるって書いて秀流っていうんねん。これでもあの小賀坂チームの選手やで。」
「うわーすごい。じゃ今度教えてもらわなくちゃ。私はれいこ。鈴虫の鈴に子供の子。岩崎鈴子。よろしくね。」
二人の笑顔がグラスに映っていた。外は小雪がやがて大粒の雪へと変わっていた。きっと明日は新雪が滑れそうな、そんな予感がした。
「ほなら、今日は俺の出直しと、鈴子ちゃんとの出会いを祝って飲み直そうか?」
「当然、お勘定は秀流君もちね!」
「えらいしっかりしてんねんな。ま、しょうがないか?さ、飲も飲も。」
秀流はこんな会話を依然何処かで気軽に交わしていたような気がした。グラスに水割りを注ぎ、乾杯をしながら、秀流の脳裏には一人の女性の影が見えかくれしている。鈴子は何処か麻衣子に似ている。それだけは心地よく酔った秀流の心のなかでもしっかりと把握することが出来た。
 その夜、二人の笑い声は絶えることがなかった。
                                  (次回へつづく)

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