ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

第十三話

 本選が始まった。4種目の真剣勝負だ。ここから上位60人が決勝に残るのだ。
朝、秀流は宿を出る時、乾燥室の入り口で関口とすれ違った。
「よーー、おはよう」 
 あっけらかんとした関口の挨拶。
「おはようござぃます。」
 秀流はやや目を合わせないように小さな声で挨拶を返した。関口は眉を少し持ち上げ、真っ黒な顔であきれた顔をする。両手に板を持ちながら乾燥室を出て行く秀流の後ろ姿をだまって見ていた。

そしていよいよ本選の火蓋は切って落とされた。技術はもちろん、非常にタフな精神力も要求される。どの選手も昨日までの僅かな笑顔さえ消し去って種目に挑んでいた。
秀流の最初の種目は得意のショートターン。悪天候の為、会場を名木山の壁に移しての決行だ。ゆるんだ雪が選手達の足をすくう。秀流の2つ前にはナショナルデモの山田卓也がいる。雪でゴール地点が見えない中、山田がスタートを切った。どこからともなく多くのチアホンが鳴り響く。秀流には山田の後ろ姿が見える。その姿は軽快にかつ正確に丸い弧を描きながら雪の中に薄れていく。と、その時山田の重心が左に大きく傾いた。ざわめくギャラリーの声が秀流にも聞こえた。山田はすぐに立て直したものの、点数を見ずとも結果はわかってしまう。これが本選なのだ。
そして秀流の番が来た。ゴーグルの位置を両手で確かめ、その手でポールのグリップを握る。軽く舌を出し、斜面を見つめている。
「ゼッケン22番準備OK?」
「はい・・・・」と、秀流。
スタート審判が無線でその旨をゴール審判に伝える。昨日までの雰囲気とは全く異なるこの空気に、秀流はいくぶん自分を見失いかけていた。
 そして秀流はバーンへと飛び出して行った。やや柔らかめの雪にトライアンのSLは噛みすぎてしまう。上手くずれを使いながら自分のリズムを探す。思ったように板が抜けてくれないが、それでも斜度がある分落差を取ることはできた。中盤でもいくつかのリズムの早いターンを入れて変化を見せた。そして歓声が大きく盛り上がるゴールゾーンへ秀流が流れ込んだ。点数の掲示板に目をやる。91,91、90,89,90。
「・・・・」
 ブーイングが起こる。この点数は秀流にとっても満足のいくモノでは無かった。ややうつむきがちに秀流はゴールゾーンを出た。
 やや怪訝そうな顔つきでオガサカのテントに戻った。
「切り替えた方が良いよ」 相原が言った。
「はい」と秀流。テントの隅で関口が秀流を静かに見つめながら紙コップにもられたコーヒーを飲んでいる。その湯気が関口の視野をぼかしている。秀流もその視線に気が付いたが、あえて何も離すことなくKC-RVを持ってテントを出て行った。
続く種目も並み居る強豪達の中、秀流も自分のもてる物全てを出そうとしていたが、どうしても思ったように点数が出ない。決して体調が悪いわけでもないし、自分が納得できない滑りを演じているわけでもない。昨日までなら確実に93点以上はたたき出せていたはずの滑りが今日は90点程度で頭打ちとなっている。その一方で佐藤久哉、井山敬介など有名どころのナショナルデモの連中は、軒並み93から95の高得点を出す。この時、ようやく秀流は全てを理解することができた。この不振は自分の滑りのせいではなく、他の選手達の滑りが秀流にとって全く未知のレベルのものであるということだ。オガサカの合宿で学んできたことは、この世界では入門編のようなものだったのだ。そう気がついたとき、夕べの関口の言った言葉が脳裏をよぎる。あんな事を言ってしまった自分がつくづくいやになり、マイナス思考の負のスパイラルを作り出すだけであった。
 得意のはずの急斜面の不整地ももようやく93点をたたき出すのが精いっぱいだ。
『俺は今まで何をやっていたのだろう。もっともっとハイレベルな滑りをなぜ追求しなかったのだろう。きっと、心の何処かで天狗になっていた自分がいたのだろうか。それとも俺の実力はここまでなのだろうか』
と自問自答を繰り返すだけ。どんな種目に挑んでも全てがマイナス思考になるだけであった。
そんな葛藤の中、競技斜面に飛び出していってもいい点数が出るはずがない。ナショナルデモになることを夢に頑張ってきたが、競技進行にともないどんどんその夢は遠いものになって行く。
 大会は終了した。岩木秀流 総合順位 42位。周囲は新人にしては上出来だと評価したが、本人にとってはとてもやりきれない順位だった。盛岡を離れはや一年が過ぎようとしていたが、今の彼にとっては何一つとして心の支えになるものは無かった。なぜか麻衣子の笑顔さえも、ただただなつかしく感じられるだけである。秀流が生まれて初めて知った敗北感なのかも知れない。                       (次回へつづく)


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