ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

第十二話

秀流は黒菱に立っていた。関口の言うとおり、全日本での緊張感は東京都予選のそれをはるかに上回るもので、周囲にいる選手全員が自分よりも巧みに感じられる。
地区大会はあくまでもフリー参加で1級以上の資格を持っていれば誰でも参加できるが、全日本はその中の上位数人が全国から選ばれてくるのだから、西日本のような雪無し県を除けば、殆ど技術力に遜色無く見えるはずだ。従って、そんなレベルの高い大会ではほんの少しのミスが命取りになる。それがわかっているから、選手達は緊張するのだ。秀流の場合も例にもれること無く、緊張した面もちで斜面を見おろしている。予選最終種目・総合滑降。斜面は黒菱の左部分を使い、前半部は不規則な大きいコブが立ち並び、その後フラットな中・緩斜面へと流れ込む。途中から斜面はねじれており、後半のスピードのつなぎが点数に大きく左右する。ここまで秀流は順調な成績を残してきている。急斜面パラレル、中斜面ステップ、急斜面ヴェーデルンと確実な演技を見せ、総合順位で第2位。同じチームの海野は25位。予選には昨年での決勝進出者は出場していないということを考えても総合2位はまずまずの順位だった。スキージャーナルやスキーグラフィック等のスキー専門誌が、先月号で彼の地区予選での活躍を報じているため、各県の強豪達はむろん彼をチェックしてはいるものの、これ程までに正確な演技を出来るプレーヤーだとは予想していなかったようだった。
 秀流の番。大きく息を吸い込むとスタートボックスを飛び出していく。スタートするなり大きなコブの斜面が待ち受けている。ここでスピードを殺すと後半のつなぎに迫力がなくなる。是が非でもハイスピードでコブをクリアせねばならない。秀流は全神経をコブに集中した。時には抱え込み、そして時にはジャンピングを使い、スピードにのったタ-ンを仕上げて行く。無事コブをクリアすると後は得意のフラットバーン、大廻りから小回りへとすばやくリズムを切り替えて、観衆の声援を仰ぐ。ゴールに入ったとき観衆は秀流にくぎ付けになっていた。予選とは言え、94,96,95という最高得点をマークしたのだ。チアホーンが高らかに鳴り響いた。
「やるでねーの!新人」
関口がゴールエリアの外で声をかける。
「ま、こったなもんでねーすか!」
どこで覚えたのか、使い慣れない下手な秋田なまりで関口に答える。今の秀流は今シーズンで一番輝いていた。
 その日の内に本戦出場選手の発表が行われた。全国から集まった基礎スキーの強者立ち250名の内、決戦に残るのは120人。秀流は結局最後の総合滑降でも確実に点数を延ばし、なんと予選第一位で本戦への出場を決定していた。

「ねえ関口さん、明日の本戦もこんな感じでいけたらええですよね。」
みそら野にある小さなスナックで小賀坂のスキーチームの面々が飲んでいた。コトンとシングルグラスをカウンターに置くと、関口は答えた。
「お前わかってねえよな。」
昼間の明るさとは打って変わって、妙にこわばった顔で秀流を見つめる。むろん秀流もその表情の変化には気がついていたが、逆にそれを取り繕うとして明るく話しかけたのだが、裏目に出てしまった。
「岩木、お前今日の成績が本当の成績だと思っているのか?」
「え?」
「おまえねえ、まだ技術選のレベルがわかってねえんだよな。」
「?・・・」
「うちの久哉をどう思う? 貴雄をどう思う?」
「すごいと思いますよ・・。」
「だろ! 予選にはそういうすごい奴が売るほどいるわけ。予選でちょっとくらい良い成績残したからって、意気がってるとひどい目に合うぞ!」
秀流は怪訝そうに。
「俺は別に意気がってませんよ。それより何ですの?せっかく俺が明日からの為に盛り上げようと思って話しかけてるのに・・・・もしかしたら関口さん、自分のデビューの時よりも俺の方が目立っているから悔しくてそんなん言うてるんとちゃうんですか。」
「岩木、やめろ!」
隣にいた海野が秀流を制し、彼の肩に手をかけた。しかし秀流はその手を払いのけた。
「いや言わせて下さい。俺今まで関口さんのこと、もっともっと大きい人やと思ってました。そやけど今の話で考え方変わりましたよ。見てて下さい。俺、絶対決戦でも上位に入ったりますからね 絶対にね。」
そう言うと秀流はカウンターを立ち、背を向け店から飛び出していった。
「岩木!ちょっと待て」
その後を海野が追おうとしたが関口がそれを止めた。
「ほっといてやれ、あの位マジにならせないとあいつダメになるぞ。」
そうつぶやき、タバコに火を着ける関口だった。



 (次回へつづく)

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