ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

第九話

 いつしか季節は晩秋を迎えていた。秀流と麻衣子の仲も相変わらずで、今二人の心を確実に結んでいるのは、ほぼ週に一度送られてくる手紙と、秀流が「話すと余計に寂しくなるから」といってあまりかけることのない携帯電話ぐらいのものだった。しかし二人はいつかまた昔のように、好きな時に好きな場所で逢って話せるようになれることを信じて毎日をおくっていた。
 麻衣子のマンションに二十通目の手紙が届いたのは、クリスマスもそろそろ近づき、街の賑わいがより身近に感じられるようになった頃だった。

『マイちゃん、元気でやってるか?俺の方は相変わらずの毎日や。いよいよ俺のシーズンが来たで。小賀坂のチームもあちこちで聞く初滑りの情報にワクワクしてるところや。
 さて、話は変わるけど今日はマイちゃんに謝らなあかんことがある。それはクリスマスのことや。前からずっとクリスマスは盛岡に帰るって言うてあったけど、ちょうどその時うちのチームの合宿が入ってしもうた。場所は車山高原やねんけど、12月の20日から29日までみっちり鍛えられるらしんや。何や話では自由参加らしいねんけど、新人の俺としてはやっぱり出なあかんと思う。マイちゃんが寂しがるのは充分にわかるけど、今が俺の勝負の時やと思って我慢して欲しい。こっちでは海野さんや関口さんにえらい世話になってるし、充分とはいえんけど小賀坂にそこそこの生活保証はしてもらってるから、なかなか辛い立場やねん。・・・・・・・・
・・・・・そんなわけでもう少ししたら盛岡の方でも、初滑りが出来るようになると思うけど、しっかりマイちゃんも練習しとけよ。ほな今日はこの辺でペンおくわ。さよなら
                                      秀流   」

 ため息が洩れた。
 麻衣子は手紙をテーブルにおくと恨めしそうにその手紙を見つめた。目覚まし時計の小さな針音がこちこちと響く。でも、どうしようもなかった・・・。
 ベッドに横たわり麻衣子は天井をぼんやりと眺めながら唇をかみしめた。耳元になま暖かい光のしずくが一つ、二つと流れる。子犬が鳴くようなすすり声が出てくる。
「秀流・・・」
母親が大阪に帰るときに彼女と誓った「一本桜になる」ということば。
『一本桜かて、水と太陽が無かったら枯れてしまうんや』
盛岡で秀流を送るときにこらえた涙。
『何で行かせてもうたんや』
涙でかすんで見える部屋にあるテレビ、ソファー、すべてに秀流がふれていた。この枕さえも・・・。
 携帯電話をデニムのポケットから取り出した。待ち受けは秀流と一緒に取った田沢湖での写真。頬を寄せてほほえむ二人が写っている。番号録を探し秀流の番号を探す・・・。ピンクのラメを施した親指が発信ボタンを押した・・・。
 呼び出し音・・・・。
Rururururur・・・・・・・・Rururururur・・・・・・・・Rururururur・・・・・・・・
「留守番センターに接続します」
ため息がまたこぼれる。瞳を閉じて、右手の親指が通話遮断ボタンを押した。
こちこち、こちこち・・・
薄暗い部屋の中で目覚まし時計だけがいつまでも鳴り響いていた。

(つづく)

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