ここに掲載されている連続小説は、1980年代後半、スキーブームで盛り上がっていたころに、管理人がJESCの機関誌に連続掲載していたものを、少し今風にアレンジしたものです。感想や意見などはどしどしBBSに書き込んでくださいな。

連続スキー小説 「TEAR DROP SNOW」

第六話

月山合宿2日目、秀流は二日酔い気味の頭をすっきりさせようと、早朝のジョグに出かけた。6月とはいえ月山の朝の空気はひんやりと秀流の目を覚ますには十分であった。デサントのウォームアップ一枚では少し寒いくらいである。
 えびす屋を出て緩やかに下っていく坂を軽く走る。ナイキの黒のAIR+がアスファルトにかかる秀流の体重をしっかり支えてくれている。
初日から練習はハードなものであった。秀流のコーチである佐藤は、秀流らにテーマを与えた。月山のコブ斜面でターン数のインターバルトレーニングを行わせたのだ。最初に秀流達はコブ斜面を中ターン程度のミドルスピードで滑る。佐藤は斜面の下で立ってみているだけだ。秀流が滑り終えてくると
「今、何ターンで滑った?」
「え?」
「何ターンで滑ったか?って聞いてるんだけど・・・・」
冷淡な感じで佐藤は言う。技術選のDVDや佐藤のレクチャーもののDVDで話す佐藤からは想像ができない。むろん今日の佐藤はコーチなのだ。しかもいわゆる板を購入してくれるユーザ対象のキャンプや講習会ではなく、オガサカの未来を背負って立つ若手選手の育成なのだ。きびしくなってもおかしくない。
「え、数えてませんでした・・・。」
「じゃ、もう一度ちゃんと数えながら滑ってきて」
そんなわけで、秀流はもう一度ロープ棟を登ることになった。
スタート地点にたどり着いたら、そこには新潟から来たという森山がいた。真っ黒な顔に茶髪のベリーショート。明らかに山田卓也を意識したその風貌は、上手さを演出するには十分の出で立ちであった。彼は先に滑っていった選手の後ろ姿を見ながらそこで待っていたが、秀流が来たことに気がつくと、白い歯をのぞかせて
「何ターンって気かれったっしょ。」
「ああ」
秀流は答える。
「一体、何やるんすかね」
「わかれへん。でも、この距離って200mはありそうやんか。ここを何ターンって言われたってなああ。」
「ま、やるしかないっしょ」
森山が斜面の下に目をやると、佐藤が大きく手を振っていた。。
「じゃ、行ってきまあああす」
おもむろにストックを2度ほどこぎながら、その姿はコブ斜面に消えていく。斜度こそ20度ほどの中斜面であるが、最近のカービングターンの技術トレンドでできた溝の深いコブが無数に並んでいる。そこを中ターンで滑っていくのであるから、決して簡単なことではない。森山のシルエット、速度は秀流を刺激した。アルペン選手独特の速度感は秀流にはない。時にはベンディング、時にはジャンピングと多彩に技を使い分けながらコブ斜面を攻略していく。決して長身の選手ではないが、カービング技術を駆使しているため下肢がすごく長く見える。
『やるなあ』
そう唱えながら、秀流は森山のターン数を数えていた。1、2、3・・・そして何の不安もなく森山が斜面の下に到着。佐藤と話をしている。
『16ターンか・・・』
200mに16ターン。これはそんなに難しいものではないが、斜面状況がコブということを考えると、相当に落差を取る必要がある。やはり森山は上手い。

 秀流のホームゲレンデの田沢湖。黒森山という急斜面がそこにはある。昔国体で使ったジャンプ台がその脇にあり、リフトは単独で一本かかっているだけ。頂上から田沢湖を一望できるその斜面は、そこから見える最高のビューとは裏腹にスキーヤーを泣かせる超特大のコブが口を開けて待っている。秀流もそこの斜面でいつもコブの練習をしていた。黒森ゲレンデの下にはスクールの窓があり、そこからいつもスクールの講師達が斜面を見ている。その緊張感が秀流にはたまらなかった。

 やがて佐藤と森山の話が終わったらしく、佐藤が手を上げた。秀流は決めていた16ターン以下で行くことを。
 秀流は勢いよく飛び出した、小気味よく3回ストックで自分の体を加速させる。即座に足下にコブの起伏がさしかかる。ショートターンであれば、コブのバンクを上手く利用して合わせて行けばいいのだが中ターンの場合、コブのリズムに合わせる訳にはいかない。基本的には自分のリズムを守り通すだけだ。体軸を瞬時に谷側に投げ出し、長い下肢のストロークを用いる。春の雪だからザラメでぎっしりだ。多少速度を上げても体が遅れることはない。コブの頂点、腹、溝、すべてのラインを縦横無尽に秀流が滑る。
「4・・・・・5・・・・・6・・・・・・」
斜度がやや増したところで、さらに弧を縦長にし加速させる。
「9・・・・・10・・・・・・11・・・・・・」
佐藤のシルエットがはっきりと視界に入った。この時、秀流には足下の起伏に対する意識はなかった。「16ターン以下」それだけだ。
「13・・・・・14・・・・じゅうううううううううううう・・・・・・ごお!」
秀流は佐藤の前で停止した。うっすらと佐藤が笑みを浮かべた。
「何ターンだった?」
はあ・・・・はあ と息を切らしながら秀流は答えた。
「・・・15ターンです。 はあ、はあ」
「OK。今の感じでターン弧を丸く作って来て。」
「はい・・・はあ・・・・はあ」
「じゃ次は13ターンで滑っきてくれる?」
「!?」

秀流は驚いた表情で佐藤を見つめ直す。
「13ターン!」
さらにきっぱりと佐藤は答えた。
「はい・・・」
秀流はそういって佐藤の前を去った。
『13ターンってどんなんや? めちゃこわそう。せやけどやるしかないわな・・・』
そして秀流の右手はロープ棟をつかんでいた。
オガサカ合宿のハードさはまだ始まったばかりであった。

(次回へ続く)

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